花筐館<秋桜の間>

   
  メクレンブルク=シュヴェリーン大公家 Mecklenburg-Schwerin
  当初は公爵。1815年にウィーン会議により大公国として承認されるが、1918年ドイツ革命により消滅した。
  系譜詳細
   
 
アルブレヒト2世 (1318-1379)(在位:1348-1379)
夫人 オイフェーミア (セーデマンランド公爵女)(1317-1370) 長男 ハインリッヒ (1337頃-1383) メクレンブルク公爵(ハインリッヒ3世)
次男 アルブレヒト (1338-1412) メクレンブルク公爵(アルブレヒト3世)
スウェーデン国王(アルブレクト)
長女 インゲボルク (1340頃-1395) ブランデンブルク選帝侯妃
のちホルシュタイン=レンズブルク伯爵夫人
次女 アナ (1343-1415) ホルシュタイン=キール伯爵夫人
三男 マグヌス (1345-1384) メクレンブルク公爵(マグヌス1世)
夫人 アーデルハイト (ホーエンシュタイン伯爵女)
ハインリッヒ3世 (1337頃-1383)(在位:1379-1383)
夫人 インゲボルク (デンマーク王女)(1347-1370) 長男 アルブレヒト (1363以前-1388) メクレンブルク公爵(アルブレヒト4世)
長女 オイフェーミア (? -1400) ヴェルレ=グストロー卿夫人
次女 マリア (1363頃-1402以降) ポンメルン公爵夫人
三女 インゲボルク (1368-1408) リーブニッツの修道院長
夫人 メヒティルト (ヴェルレ卿女)
アルブレヒト4世 (1363以前-1388)(在位:1383-1388)
夫人 エリーザベト (ホルシュタイン=レンズブルク伯爵女)(1360頃-1416)
マグヌス1世 (1345-1384)(在位:1383-1384)
夫人 エリーザベト (ポンメルン=ヴォルガスト公爵女)(1360-1388) 長男 ヨーハン (1378頃-1422) メクレンブルク公爵(ヨーハン4世)
長女 オイフェーミア (? -1417) ヴェルレ卿夫人
ヨーハン4世 (1378頃-1422)(在位:1384-1395)
夫人 ユッタ (ホヤ伯爵女)(? -1415)
夫人 カタリーナ (ザクセン=ラウエンブルク公爵女)(1400頃-1450) 長男 ハインリッヒ (1417-1477) メクレンブルク公爵(ハインリッヒ4世)
次男 ヨーハン (1418-1442/1443) メクレンブルク公爵(ヨーハン5世)
アルブレヒト3世 (1338-1412)(在位:1384-1412)
夫人 リヒャルディス (シュヴェリーン伯爵女)(1347-1377) 長男 エーリヒ (1365?-1397) メクレンブルク公爵(エーリヒ1世)
長女 リヒャルディス (1370?-1400) ゲルリッツ公爵夫人
夫人 アグネス (ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公爵女) 次男 アルブレヒト (1397-1423) メクレンブルク公爵(アルブレヒト5世)
アルブレヒト5世 (1397-1423)(在位:1412-1423)
夫人 マルガレーテ (ブランデンブルク選帝侯女)(1410-1465)
ハインリッヒ4世 (1417-1477)(在位:1422-1477)
夫人 ドロテア (ブランデンブルク選帝侯女)(1420-1491) 長男 アルブレヒト (1438-1483) メクレンブルク公爵(アルブレヒト6世)
次男 ヨーハン (1439-1474) メクレンブルク公爵(ヨーハン6世)
三男 マグヌス (1441-1503) メクレンブルク公爵(マグヌス2世)
長女 カタリーナ (1442-1451/1452) 夭折
次女 アナ (1447-1464) 早世
三女 エリーザベト (1449-1506) リーブニッツの修道院長
四男 バルタザール (1451-1507) メクレンブルク公爵
ヨーハン5世 (1418-1442/1443)(在位:1436-1442)
夫人 アナ (ポンメルン=シュテッティン公爵女)(? -1447頃)
アルブレヒト6世 (1438-1483)(在位:1477-1483)
夫人 カタリーナ (リンダウ伯爵女)(1439-1485)
マグヌス2世 (1441-1503)(在位:1477-1503)
夫人 ゾフィー (ポンメルン=ヴォルガスト公女)(1460頃-1504) 長男 ハインリッヒ (1479-1552) メクレンブルク=シュヴェリーン公爵(ハインリッヒ5世)
長女 ドロテア (1480-1537) リーブニッツの修道院長
次女 ゾフィー (1481-1503) ザクセン選帝侯子夫人
次男 エーリヒ (1483-1508) メクレンブルク=シュヴェリーン公爵(エーリヒ2世)
三女 アナ (1485-1525) ヘッセン方伯夫人
のちゾルムス=リヒ伯爵夫人
三男 アルブレヒト (1486-1547) メクレンブルク=グストロー公爵(アルブレヒト7世)
ヨーハン・アルブレヒト1世父
四女 カタリーナ (1487-1561) ザクセン公爵夫人
バルタザール (1451-1507)(在位:1480-1507)
夫人 マルガレーテ (ポンメルン=ヴォルガスト公女)(? -1526)
ハインリッヒ5世 (1479-1552)(在位:1503-1552)
夫人 ウルズラ (ブランデンブルク選帝侯女)(1488-1510) 長女 ゾフィー (1508-1541) ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公爵夫人
長男 マグヌス (1509-1550) メクレンブルク=シュヴェリーン公爵(マグヌス3世)
次女 ウルズラ (1510-1586) リーブニッツの修道院長
夫人 ヘレーネ (プファルツ選帝侯女)(1493-1524) 次男 フィリップ (1514-1557) メクレンブルク=シュヴェリーン公爵
三女 マルガレーテ (1515-1559) ミュンスターベルク=エールス公爵夫人
四女 カタリーナ (1518-1581) レグニツァ公爵夫人
夫人 ウルズラ (ザクセン=ラウエンブルク公女)(1523-1577)
エーリヒ2世 (1483-1508)(在位:1503-1508)
フィリップ (1514-1557)(在位:1552-1557)
ヨーハン・アルブレヒト1世 (1525-1576)(在位:1556-1576)
夫人 アナ・ゾフィー (プロイセン公女)(1527-1591) 長男 アルブレヒト (1556-1561) 夭折
次男 ヨーハン (1558-1592) メクレンブルク=シュヴェリーン公爵(ヨーハン7世)
三男 ジギスモント・アウグスト (1560-1600)
ヨーハン7世 (1558-1592)(在位:1576-1592)
夫人 ゾフィア (ホルシュタイン=ゴットヘルプ公爵女)(1569-1634) 長男 アドルフ・フリードリッヒ (1588-1658) メクレンブルク=シュヴェリーン公爵(アドルフ・フリードリッヒ1世)
次男 ヨーハン・アルブレヒト (1590-1636) メクレンブルク=グストロー公爵(ヨーハン・アルブレヒト2世)
長女 アナ・ゾフィー (1591-1648)
アドルフ・フリードリッヒ1世 (1588-1658)(在位:1592-1628/1631-1658)
夫人 アナ・マリア (オストフリースラント伯爵女)(1601-1634) 長男 クリスティアン・ルートヴィッヒ (1623-1692) メクレンブルク=シュヴェリーン公爵(クリスティアン・ルートヴィッヒ1世)
長女 ゾフィー・アグネス (1625-1694) リューンの修道院長
次男 カール (1626-1670)
次女 アナ・マリア (1627-1669) ザクセン=ヴァイセンフェルス公爵夫人
三男 ヨーハン・ゲオルク (1629-1675)
三女 ヘートヴィヒ (1630-1631) 夭折
四男 グスタフ・ルードルフ (1632-1670)
四女 ユリアーネ (1633-1634) 夭折
夫人 マリー・カタリーナ (ブラウンシュヴァイク=ダンネンベルク公女)(1616-1665) 五女 ユリアーネ・ジビル (1636-1701) リューンの修道院長
五男 フリードリッヒ (1638-1688) フリードリッヒ・ヴィルヘルム1世、カール・レオポルト、クリスティアン・ルートヴィッヒ2世らの父
六女 クリスティーネ (1639-1693) ガンダースハイムの修道院長
六男 ベルンハルト・ジギスモント (1641) 夭折
七女 アウグスタ (1643-1644) 夭折
八女 マリー・エリーザベト (1646-1713) リューンの修道院長
のちガンダースハイムの修道院長
九女 アンネ・ゾフィー (1647-1756) ヴュルテンベルク=ユリウスブルク公爵夫人
七男 アドルフ・エルンスト (1650-1651) 夭折
八男 フィリップ・ルートヴィッヒ (1652-1655) 夭折
九男 ハインリッヒ・ヴィルヘルム (1653) 夭折
十男 アドルフ・フリードリッヒ (1658-1708) メクレンブルク=シュトレーリッツ公爵(アドルフ・フリードリッヒ2世)
クリスティアン・ルートヴィッヒ1世 (1623-1692)(在位:1658-1692)
夫人 クリスティーネ・マルガレーテ (メクレンブルク=グストロー公女)(1615-1666)
※離婚
夫人 エリーザベト・アンジェリーク (1627-1695)
フリードリッヒ・ヴィルヘルム1世 (1675-1713)(在位:1692-1713)
夫人 ゾフィー・シャルロッテ (ヘッセン=カッセル方伯女)(1678-1749)
愛人 ゾフィー・マクタレーネ 庶子 カール・ルートヴィッヒ (1694-1752)
カール・レオポルト (1678-1747)(在位:1713-1728)
夫人 ゾフィー・ヘートヴィヒ (ナッサウ=ディーツ侯女)(1690-1734)
※襲爵前に離婚
夫人 クリスティーネ (1692-1728)
※貴賤結婚、襲爵前に離婚
夫人 カタリーナ (ロシア大公女)(1691-1733) 長女 エリーザベト (1718-1746) ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル侯子夫人
クリスティアン・ルートヴィッヒ2世 (1683-1756)(在位:1728-1756)
夫人 グスタフェ・カロリーネ (メクレンブルク=シュトレーリッツ公女)(1694-1748) 長男 フリードリッヒ (1717-1785) メクレンブルク=シュヴェリーン公爵(フリードリッヒ2世)
長女 ウルリケ・ゾフィー (1723-1813) リューンの修道院長
次男 ルートヴィッヒ (1725-1778) 公世嗣
フリードリッヒ・フランツ1世父
次女 ルイーゼ (1730) 夭折
三女 アマーリエ (1732-1775)
フリードリッヒ2世 (1717-1785)(在位:1756-1785)
夫人 ルイーゼ・フリーデリケ (ヴュルテンベルク公世嗣女)(1722-1791)
フリードリッヒ・フランツ1世 (1756-1837)(在位:1785-1837)
夫人 ルイーゼ (ザクセン=ゴータ=アルテンブルク公子女)(1756-1808) 長男 フリードリッヒ・ルートヴィッヒ (1778-1819) 大公世嗣
パウル・フリードリッヒ父
長女 ルイーゼ・シャルロッテ (1779-1801) ザクセン=ゴータ=アルテンブルク公世嗣夫人
次男 グスタフ (1781-1851)
三男 カール (1782-1833)
次女 シャルロッテ・フリーデリケ (1784-1840) デンマーク王太子妃(離婚)
四男 アドルフ (1785-1821)
パウル・フリードリッヒ (1800-1842)(在位:1837-1842)
夫人 アレクサンドリーネ (プロイセン王女)(1803-1892) 長男 フリードリッヒ・フランツ (1823-1883) メクレンブルク=シュヴェリーン大公(フリードリッヒ・フランツ2世)
長女 ルイーゼ (1824-1859) ヴィンディッシュ=グレーツ侯子夫人
次男 ヴィルヘルム (1827-1879)
フリードリッヒ・フランツ2世 (1823-1883)(在位:1842-1883)
夫人 アウグステ (ロイス・ツー・ケストリッツ侯子女)(1822-1862) 長男 フリードリッヒ・フランツ (1851-1897) メクレンブルク=シュヴェリーン大公(フリードリッヒ・フランツ3世)
次男 パウル・フリードリッヒ (1852-1923)
長女 マリー (1854-1920) ロシア大公妃
三男 ニコラウス (1855-1856) 夭折
四男 ヨーハン・アルブレヒト (1857-1920)
五男 アレクサンダー (1859) 即日夭折
夫人 アナ (ヘッセン大公子女)(1843-1865) 次女 アナ (1865-1882) 早世
夫人 マリー (シュヴァルツブルク=ルードルシュタット侯子女)(1850-1922) 三女 エリーザベト・アレクサンドリーネ (1869-1955) オルデンブルク大公妃
六男 フリードリッヒ・ヴィルヘルム (1871-1897)
七男 アドルフ・フリードリッヒ (1873-1969)
八男 ハインリッヒ (1876-1934) オランダ王配
フリードリッヒ・フランツ3世 (1851-1897)(在位:1883-1897)
夫人 アナスタージア (ロシア大公女)(1860-1922) 長女 アレクサンドリーネ (1879-1952) デンマーク王妃
長男 フリードリッヒ・フランツ (1882-1945) メクレンブルク=シュヴェリーン大公(フリードリッヒ・フランツ4世)
次女 ツェツィリエ (1886-1954) ドイツ皇太子妃
フリードリッヒ・フランツ4世 (1882-1945)(在位:1897-1918)
夫人 アレクサンドラ (ハノーファー王子女)(1882-1963) 長男 フリードリッヒ・フランツ (1910-2001) 大公世嗣
次男 クリスティアン・ルートヴィッヒ (1912-1996)
長女 オルガ (1916-1917) 夭折
次女 ティーラ (1919-1981)
三女 アナスタージア (1923-1979)
 
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